日本の国土の約4割に生息しているクマ。2023年の秋は例にみないほど、全国(九州・四国の香川県、愛媛県を除く)各地で目撃情報や被害の報告がされています。クマは鋭い爪と大きな牙を持っており、襲われたとしても人が勝つのは難しいです。クマに会わないようにするための対策や、万が一出会ってしまったときの対応について解説します。
2023年の秋は日本列島各地でクマが出没
日本には、ツキノワグマとヒグマの2種類のクマが生息しています。ヒグマは主に北海道に、ツキノワグマは、本州(九州・四国の香川県、愛媛県を除く)を生息地としています。
これまで日本の歴史において、いくつものクマによる被害が起きましたが、2023年の秋は、特に全国でクマの目撃情報や被害が発生しています。
富山県でも、2023年10月17日に富山市江本で79歳の女性が死亡する被害がありました。10月23日には、富山市安養寺の住宅の敷地内で、この家を訪れていた72歳の男性がクマに襲われたということです。
環境省のまとめによると、日本全国でも、2023年4~9月のクマによる被害人数は109人にものぼり、2006年の統計開始以来、同じ期間では最多の件数を更新したことが分かっています。2023年の半年間だけで、2021・2022の年間での数字を上回っています。
アーバンベアが増えている原因は「不作」
市街地周辺に恒常的に生息するクマを”アーバンベア”と呼びます。2023年秋、このアーバンベアの数が増えているのは、なぜでしょうか。
それは、ブナの実やドングリなどのクマの主食が不作であることが原因として挙げられています。
全国で最も多くの被害を出している秋田県の、秋田県林業研究研修センターの報告によると、2023年度のブナの豊凶状況は4箇所とも凶作でした。
また、約20年間クマの生態を研究している兵庫県立大学自然・環境科学研究所の横山真弓教授によると、クマの数自体も増えているといいます。
秋田県では、2016年度までクマの生息数が1000頭前後であると推定していたところ、2020年度の推定生息数は4400頭にまで増えているということです。太平洋戦争直後は貴重なタンパク源として狩猟されつくし、数が激減しましたが、1960年代以降、工業化が進むにつれ人が山に入らなくなったことが増加の原因とされています。
理解しておきたいクマの生態
クマに遭遇した際の対策を考える前に、まずは、クマの生態について理解をしましょう。生態を知るとおのずと、クマに遭遇した際にしてはいけないことというのがわかるはずです。
冬眠明けと冬眠後は活発
まずは、クマが活発になる時期を把握しておきましょう。クマの活動のピークは年に2度やってきます。
5〜6月末の冬眠明けの時期と、9〜10月にかけての冬眠の準備時期です。初夏は、クマの繁殖期で、特にオスの気が立っている時期です。よくニュースで山菜採りに山に入った人が襲われているのも、この時期です。また、秋になると、冬眠するためにどんぐりなどのエサを求めて活発になります。秋は山登りやハイキングの季節なので、遭遇する確率が上がります。
まずは出会わないようにするためにも、クマが活発な時期は山に入らないようにする、入る場合は一人で入らないようにする、クマスプレーを用意するなどの対策を講じる必要があります。
強くて走るのが速い
クマの大きさは、平均的な個体で1.1~1.3メートル、体重はオスが80キロ、メスが50キロ程度です。季節によって変動はあるものの、小さい場合は約40キロ、最大で約130キロになると言われています。2023年夏に駆除された、北海道東部でこれまで60頭余りの牛を襲ったとされるOSO18(おそ・じゅうはち)と呼ばれるヒグマの体長は、2.2メートルあり、400キロの牛を襲ったとされています。
大きな体を持つだけでなく、足も速く、時速40キロの速さで走ることができます。このことから、クマに遭遇して走って逃げても勝ち目がないことがわかります。
臆病で学習能力が高い
本来、クマは臆病で人間を恐れています。山などで人間が近くにいるとわかると、たいていの場合クマのほうから逃げていきます。しかし、至近距離で出くわしたり、子グマを連れた親グマと遭遇した場合は、自分の身やわが子を守るために攻撃を仕掛けてくることがあります。
また、クマの学習能力の高さについても目をみはるものがあります。
かつて、北海道・知床の森で暮らしていた、ある雌のクマは、観光客から1本のソーセージを与えられたことによって悲しい最期を迎えます。人が食べ物を与えてくれると知った雌クマにとって人は、警戒する対象ではなく、食べ物を連想させる対象と変わりました。その後、人が住む道路沿いに姿を見せるようになります。どんどん人に慣れてきた彼女は、やがて小学校にも来るようになり、駆除の対象となってしまいました。このように与えられた食べ物や匂いなどは一度で覚えます。
2023年秋のように、市街地に出没するアーバンベアの中には、人に慣れてしまった個体も存在しており、人が食べ物を持っている、人自体が食べ物になる、と学習してしまったクマは、好んで人がいるところに出てこようとします。学習能力の高さから、クマにエサをあげたりゴミを放置したりすることは人もクマも不幸にするため、決してしてはなりません。
執着心が強い
クマの性格として理解しておきたいのが、”執着心の強さ”です。
一度自分のものになったと認識したものを奪われることを嫌がる習性があります。捕らえた獲物を穴を掘って保管しておくというのもクマによく見られる行動です。
もし遭遇して、荷物などを奪われたとしても、荷物を取り返すのは諦めてください。取り返そうとすることで、クマは自分のものを奪おうとしていると認識して攻撃します。
荷物よりも命が大事です。荷物を渡して助かるのであれば、諦めましょう。
クマに襲われないためにはどうすればいい?
2023年のように市街地にもクマが現れるとなると、誰が出会ってもおかしくありません。しかし、突然出会ってしまったら驚いて冷静さを保てなくなるでしょう。
その際にクマの特性や習性を知らずに、逃げたり大騒ぎしたりしてしまうと、襲われる確率が高まります。クマと闘って勝てる人はほとんどいないため、命を守るためにも出会った際にしてはいけないことを把握しておきましょう。
走って逃げ(背を向け)ない
まず、絶対にしてはいけないのが、”背を向けて走って逃げる”ことです。クマはその大きさからは想像できないですが、慎重で臆病な性格をしています。
数十メートル以内の距離でクマと遭遇したときは、まずは立ち止まってクマの様子を観察します。しばらくしても近づく様子がなければ、ゆっくりとあとずさりをして離れるようにしてください。クマとの間に木があれば、挟む位置に移動して少しずつ距離をとります。
物音をたてずにじっとしておく
クマに遭遇しても決して、慌てて騒いだりしてはいけません。クマも人間を恐れているので、騒ぐと攻撃されると思い、襲ってきます。クマも人間と同じように怖いのです。クマを興奮させないよう、物音をたてずしばらくは、じっとしておくことが重要です。
クマスプレーを噴射する
クマがすぐ近くまできてしまった場合は、クマスプレーをクマの目に向かって噴射します。
スプレーはすぐに出せるように、リュックのサイドポケットなど取りやすい場所に入れておいてください。いきなり襲ってきた場合、取り出す余裕もないので、その場合は、両手を首の後ろで組み、うつ伏せになって急所である頭と腹部を守りましょう。その際、バックパックなどの荷物を背中に背負っておくことで、ダメージを減らせます。
クマに襲われて死亡するケースでは、鋭い爪で首を引っかかれ、出血多量で亡くなることが多いです。うずくまって動かないでいると、クマの興奮が抑えられ、その場から立ち去ってくれることもあります。近くにきた場合は、一か八か、です。怪我を覚悟で命を守るようにしましょう。
クマ鈴は意味がある?
これまでクマ対策として効果があると語られてきたクマ鈴ですが、つけていれば安心できるものなのでしょうか。改めて、鈴が果たす役割を確認しましょう。
鈴やラジオは人間がいることを事前に知らせる役割
よく登山をする際には、クマ鈴をつけましょう、と言われますが、これは、クマを撃退するというよりも人間がいることを知らせてあらかじめ出会わないようにするという目的があります。
人間に耐性のないクマは、人をこわがって、会わないようにするため音に反応して逃げます。鈴と同様にラジオも人間がいることを知らせるツールです。
しかし、最近の事例では、クマを避けるために装着した鈴があだとなった事例も存在します。2023年10月に北海道・函館で起きた事例では、すでに人を襲っているクマがその後に3人の登山客に出会った際に怖がらずに襲ってきたという例があります。3名の中にはクマ鈴をつけていた人がいたにもかかわらず襲われたのはなぜでしょう。
一度、人間をエサとみなしたクマは、鈴の音を聞いて、えさが近くにあると認識してしまったのです。そのため、鈴をつけていれば大丈夫、ということではなく、運悪く人の味を知ってしまったクマに遭遇することも考えて、クマの目撃情報が挙がったエリアには足を踏み入れないようにするのが無難です。
クマをめぐるさまざまな取り組み
日本の各地で、クマと共生するための取り組みが行われています。その中から今注目されている2つの取り組みを紹介します。
ほかパト
株式会社アイエスイーが開発した「ほかパト」は、仕掛けた装置に獲物(クマ)が入った瞬間に登録された携帯電話に通知が飛ぶシステムで、猟師の人手不足を補い、かつ、安全に駆除できる、というメリットがあります。
これまでは設置したわなにかかっているかを確認しにいかなければならなかったため、時間と労力のコストがかかっていました。
このシステムを導入することで、危険を回避しながら捕獲できるようになったということです。
ベアドッグ
長野県軽井沢町で採用されている、クマと共存するための取り組みである”ベアドッグ”が注目されています。ベアドッグは、クマに特化した訓練を受けている”クマ追い払い犬”のことです。
軽井沢町では、このベアドッグを採用しクマの保護管理をすることにより、2011年以降、人身事故ゼロ・駆除ゼロを達成しています。
森林エリア、別荘地エリア、居住区エリアの3つのエリアに区切り、クマが森林エリアからその他2つのエリアに近づかないよう、クマの動きが活発になるとされている夜間にパトロールを実施します。
一度保護したクマの首に発信機を装着することで、境界線付近にクマがいると発信音が鳴ります。そのタイミングでベアドッグが吠えると発信音(クマ)は遠ざかっていきます。
この取り組みは、NPO法人ピッキオの田中純平さんを中心になされており、クマを駆除するのではなく、森林エリアに誘導することで、上手く共存しています。
富山県でもクマに出会う可能性はゼロではない!
2023年富山県内でも、クマによる死亡事例が2件発生しました。2023年夏のように猛暑の場合、クマのエサが不作になることで市街地まで降りてくることは今後も考えられます。
クマと共生していくためにも、クマのことをよく理解し、人間側が対策する必要があります。
クマと人間の共生の理想の形は、エリアを分けてそれぞれの生活を営むことです。駆除という手段をとらないで良いようにするためにも、人が共生のために何をすれば良いのかを考え、互いのエリアに近づかずに生活できる方法を考え実行していきましょう。